~オスひよこの殺処分問題の解決につながる新手法~
このたび、ゲノム編集受託サービスを提供する株式会社セツロテック(本社:徳島県徳島市、代表取締役:竹澤慎一郎、以下「セツロテック」)と徳島大学先端酵素学研究所(以下「徳島大学」)の竹本龍也教授らは、ゲノム編集技術を活用した鳥類の卵の雌雄判別方法を開発し、日本国内における特許を取得しました(特許第7493194号)。この手法は、ゲノム編集技術を活用して、鳥類のオスとメスの「目」の色を変えることで、卵の中にいるひなの性別を、ふ化前の段階で判別できる手法ですお。本手法の特徴として、胚発生の極めて早い段階(ニワトリでは孵卵7日目)で雌雄判別が可能であること、また非遺伝子組換えの技術による非侵襲的で簡便な手法であることが挙げられます。近年、動物愛護の観点から、採卵鶏の生産時にオスひよこを大量に殺処分している状況を見直す動きが活発となっており、既に欧州の一部の国では殺処分禁止の法整備が進んでいます。今回の新手法を活用すれば、オスひよこの殺処分問題を解決し、アニマルウェルフェア(動物福祉)の推進に貢献することが可能になります。
【開発の背景】
採卵鶏(レイヤー)の生産においては、卵を産むメスニワトリのみを大量に生産することが求められるため、不要となるオスのひよこは生後間もなく殺処分されています。その数は、世界中で毎年60億羽以上、日本国内で年間1.3億羽以上にものぼると推定されます。この大量の殺処分は、近年、アニマルウェルウェア(動物福祉)の観点から世界中で問題視されており、既に欧州の一部の国(ドイツ、フランスなど)では、ニワトリ胚が機械的刺激に反応する(つまり痛みを感じると考えられている)孵卵13日目以降のひよこの殺処分禁止の法整備が進んでいます。この課題を解決するため、すでに多くの企業や研究機関が、ふ化前の段階で卵の中のひなの性別を判別できる技術(in-ovo sexing)の開発に取り組んできましたが、遺伝子組換え技術を使わない手法で、かつ法律で規制されている時期までに、簡便に雌雄判別ができる手法は開発されていませんでした。
セツロテックは、徳島大学発のゲノム編集スタートアップであり、「生物の潜在的な力を借りて、あなたと地球の課題を解決する産業を創造する」ことを目指して、ニワトリのゲノム編集の研究に積極的に取り組んできました。これまでに、セツロテック独自のゲノム編集技術を活用して、ゲノム編集ニワトリ個体の作出に成功しており、徳島大学・九州大学との共同研究で、「効率的なニワトリ新品種作出」と「始原生殖細胞の可視化」を可能にするゲノム編集ニワトリの作出などの研究成果(https://www.tokushima-u.ac.jp/fs/4/3/2/3/1/1/_/20231013HP.pdf)があります。
【研究の内容】
このたび、セツロテックの陳奕臣(チェン・イーチェン)研究員らは、徳島大学の竹本龍也教授、下北英輔助教(研究当時)との共同研究で、ゲノム編集技術を活用した鳥類の卵の雌雄判別方法を開発し、日本国内における特許を取得しました(特許第7493194号)。この手法は、鳥類の性染色体であるZ染色体上の網膜色素関連遺伝子に、非遺伝子組換え型のゲノム編集(*1)を施すことで、発生中の鳥類胚の色素網膜、つまり「目の色」の違いでオスとメスが判別できる手法です(図1)。ニワトリの場合、最短で孵卵7日目の段階で、オス胚が黒色の目であるのに対し、メス胚は無色透明な目となるため、その差を容易に見分けることができます(図2)。この目の色の違いは、暗所において卵の殻の外からLEDライト等を照射すると、殻を透過した光によって光学的に検出できるため、卵の殻を割ることなく雌雄を判別することが可能です。そのため、この手法を採卵鶏の生産に活用すれば、ふ化する前の段階で「将来オスのひよこが生まれる卵」を選別できるため、オスひよこを殺処分することなく、卵を産むメスニワトリのみを生産することができます。なお、メス胚の段階では目の色は「透明」ですが、成長したニワトリにおいては赤色の目となり、野生型のニワトリと同じように健康に成長し、産卵が可能であることを確認しています。
この手法の特徴として、①ニワトリでは孵卵7日目という胚発生の極めて早い段階で雌雄判別が可能であること、②非遺伝子組換えの手法であること、③卵の殻に穴を開けたりすることなく非侵襲的に判別できること、④組織などのサンプリングや酵素反応などの作業を必要とせず簡便であること、⑤羽毛の色など特定の系統しか持たない特徴を利用しておらず様々なニワトリ系統に適用できることが挙げられます。こうした特徴は、アニマルウェルフェアという社会課題に配慮しつつ、同時に産業レベルでの大量生産体制に応えるかたちで社会実装を図る際に、極めて重要なものになります。また、ふ化する前に「オス」と判別された卵は、鶏卵でのワクチン生産に利用するなど、これまでの高タンパク飼料としての利用以外にも有効活用が可能になります。セツロテックは、ニワトリのゲノム編集技術によって誕生したこの新しい手法を活用し、社会課題となっているオスひよこの殺処分問題を解決し、アニマルウェルウェアの推進に貢献することを目指します。
*1 ゲノム編集技術によって、鳥類自身がもともと持っている遺伝子を改変することのみで目の色を変えており、他の生物の遺伝子(外来遺伝子)を導入していないため、非遺伝子組換え型の手法となります。
【特許情報】
・特許番号:特許第7493194号
・登録日:令和6(2024)年5月23日
【特記事項】本研究は、「NEDO『官民による若手研究者発掘支援事業』代表:竹本龍也(徳島大学)」で行いました。
【用語説明】
ゲノム編集:生物の持つゲノム内の特定のDNA配列を、人工ヌクレアーゼ(DNAを切断する酵素)でピンポイントに切断し、切断されたDNAが修復される過程で標的遺伝子の配列を改変する技術です。遺伝子配列を変化させることで、生物の特定の遺伝子の機能を欠損させたり、新たな機能を付け加えたりすることができます。
性染色体:性決定に関与している染色体。ヒトを含む哺乳類は、XY型の性染色体の組み合わせ(XXでメス、XYでオス)で性決定されますが、鳥類は、ZW型(ZZでオス、ZWでメス)で性決定されます。
【セツロテックについて】
株式会社セツロテックは、徳島大学で培った技術とノウハウを基に2017年に創業した、徳島大学発のスタートアップです。セツロテックのミッションは、「生物の潜在的な力を借りて、あなたと地球の課題を解決する産業を創造する」ことです。徳島大学の竹本龍也(代表取締役会長CTO)らは、2015 年に「ゲノム編集マウスを簡便にかつ高効率に作製できる手法」を開発しました(特許6980218号)。また、徳島大学の沢津橋俊(取締役CSO)は、培養細胞で高効率ゲノム編集を実現するVIKING法を開発しました(特許6956995号)。さらに、独自の新規ゲノム編集因子ST8(特許7113415号)を開発し、医療分野のほか、農業や畜産分野において品種改良を高速化する研究開発を進めています。セツロテックは、これらの独自技術を活用し、アカデミア・企業の研究者向けのゲノム編集受託サービスを展開するほか、ゲノム編集生物を広く産業界に提供し、ゲノム編集産業を開拓することを目指すPAGEs(Platform App(lication) using Genome Editing by Setsurotech)事業を展開しています。